堺の刀鍛冶の歴史は、日本の古墳時代までさかのぼります。鍛えの技が長く受け継がれてきたことで、戦国時代には堺の職人が大いに求められました。この時代の堺はどの大名にも属さない自治の町でした。折しもポルトガル人が火縄銃とともに渡来し、新しい技術がもたらされます。その火縄銃を研究し、製造したのが堺の職人たちでした
そしてそれは、戦のあり方を大きく変えることになりました
江戸時代に入ると鉄砲の需要は減り、性能を高めても売れなくなっていきます。しかし堺を再び助けたのも、やはりポルトガルがもたらした新しい品でした。たばこです。堺はたばこ包丁を作り、全国へ売り出しました
現代ではたばこは機械で刻むため、たばこ包丁の必要性は小さくなりました。そこで職人たちは、料理用の包丁を鍛えるほうへと移っていきます。堺の包丁の特徴は分業にあり、それぞれの工程をその道に長けた職人が手がけます
こうした協業から、質の高い和包丁が生まれます。そして昭和57年(1982年)、堺の包丁は世界へと広まっていきました